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    もったいない精神の落とし穴
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      こんにちは、周子です

      ノー化粧品ライフ(宇津木流)は11ヶ月を過ぎました。

      玄米菜食ライフは1ヶ月ほど経過しました。



      最近の雑感メモです。

      皆さんは 「もったいない」 という言葉から、どのような事を想像するでしょうか?


      たとえば・・・

      食べ物とか、色々なモノを粗末にしない。

      電気(資源)を無駄遣いしない。

      リサイクル。

      ノーベル平和賞のケニア人女性の環境保護「もったいない運動」

      などでしょうか。



      物の豊かな飽食の時代にこそ「もったいない精神」を思い出し、物を大切にする心を見直そう。

      そんな文脈で、「もったいない精神」が再評価されてきたように思います。



      しかし、このモッタイナイズムは、使われ方によっては

       「人よりも」 物を大事にする

      という結果を招いていることが度々あります。

      私個人の意見としては、人をないがしろにするモッタイナイズムは本末転倒であり、

      違和感を感じています。



      ◆例えば

      夕食後。もうお腹一杯で、食欲は完全に満たされている。

      体の素直な声を聞けば、これ以上食べたいとは思っていない。

      しかし、残っているものを

      「もったいないから、食べちゃおう」

      「残さないで全部食べなさい!もったいないでしょ!」

      というのは、食卓のよくある光景かと思います。

      「アフリカの子どもは食べられないのよ、可哀相でしょ?」

      なんていう、罪悪感・同情に訴える系のダメ押しまで追加されたりして。




      このように、「食べたくないのに無理して食べる」は、

      人より物を大事にしている。 

      つまり「食べる人」より「食べられるもの」を大事にしている

      という場面の典型かと思います。



      身体的にみれば、食べ過ぎは胃腸にとって過重な負担。血糖値上昇その他の弊害がある。

      そして、心理的にみれば、食べたくないという体の率直な声を無視して

      「物を無駄にしてはいけない」という義務感、罪悪感から行動している。

      心身の健全さを犠牲にしているわけです。



      もし、物よりも、人の心身の健康や、素直な体感覚や、体のメッセージを尊重するならば、

      すなわち、その人自身を尊重するならば、

      残っていても「食べない」という選択が尊重されてよいと思います。



      これに対しては、作った人に悪いから、とか

      苦労して作ってくれた農家の人や料理人の気持ちはどうなるのか、といった視点もありえます。

      この点は、自分にとって必要十分な量だけ美味しく頂いたことで、

      作った人の気持ちにも十分に応えたと思いましょう。


      自分を犠牲にしてまで誰か他人の想いを満たさなければならないとしたら、

      それは一種の上下関係で、本来人間にはそういった序列は存在しません。

      なので、自分の本心に反して他人のニーズを満たす必要はないという、

      それぞれの自由を尊重する方向性を採用しておきます。


      そんなわけで、義務感・罪悪感一切なく、

      「もうお腹いっぱいです、ご馳走様」を言い合える、

      それに対して、モッタイナイジャナイカ、という責めのツッコミが入らない社会は、

      モッタイナイズムより成熟している感じがします。




      ◆その他の例

      化粧品の害はわかったけど、これ高かったし、捨てるのもったいないなぁ。。。(昔の私)

      白砂糖や化学調味料の害はわかったけど、もったいないから捨てにくいなぁ

      今の使い切ったら甜菜糖を開けようかな。。。(昔の私)




      多分、これらの場合は、その物の害が実際どんなものか理解していない。

      あるいは、人より物を尊重する「モッタイナイ習慣の罠」にはまっている可能性があります。


      別の例としては、もう絶対に着ないであろう服たち。

      収納スペースが足りなくなってきて、服があふれてしまっているけど、もったいないから捨てられない。。。


      これも、自分がスッキリ暮らすという気持ちよさ・清々しさを求める心の声を斥けて、物質を優先している例です。


      ずばり、モノに支配されている。

      人間性を二の次にして、物質的豊かさを重視している。

      比較的年齢の高い世代に、この傾向が強いように思います。

      物不足の時代に思春期を過ごし、追いつけ追い越せで物質的豊かさを追求してきた世代だと思います。

      自己犠牲を自分にも他人にも求めていく姿勢は、私にはとても真似できないのですが、


      あえて言うと。

      もはや戦後ではなーい!

      ということであります。

      豊かさとはなんぞや。

      新たな価値観が求められています。




      そもそも「勿体無い」は仏教の言葉で、

      物の本来あるべき姿がなくなるのを惜しみ、嘆く気持ちを表しているそうです。

      とすると、

      体に悪い食べ物や、肌に悪い化粧品は、

      人間が本来的にもっていた美しさ・健康さを損なうものなので、

      処分しても、全然もったいなくないのです。



      というわけで・・・・

      私はモッタイナイズムを手放しで賞賛しません。

      生活や人生を、もっと大胆に・もっと自由にチェンジしていきたい、
      不要なものを手放して身軽にしていきたい私としては、

      「モッタイナイズムという呪縛からの解放」を唱えていきたいです。

      言い換えれば

      「モノからヒトへ」の価値のシフトであり、

      自分を尊重し人を尊重する態度であり、

      いらんもんはいらん、ってことですな!




      「もったいない」という発想は、

      優先したいものにスポットライトを当てる一方で、犠牲にされるものは闇に隠れて見えなくなる。

      モッタイナイという言葉で何かを優先しようとするとき、同時に、無意識に何を犠牲にしようとしているのかを、しっかり見極めたい。


      んー、カタい話になっちゃったけど、要は、

      肌ケアを変えたい。生活を変えたい。っていう気持ちがあるときに、

      モッタイナイズムが足かせになっているとしたら、モッタイナイよね!

      ってことです

      長文を最後まで読んで下さって、ありがとうございます


      posted by: tokitaikojo | メモメモ☆ | 20:00 | comments(0) | - | - |
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